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天国旅行記 二周目

クジャクヤママユガ破砕日記
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Traditional Tale:童話

夢も希望も無い教訓。



チョークを食べて声を甲高くする事でお馴染みの童話「オオカミと七匹の子ヤギ」では、
「オオカミさんに丸呑みにされた子ヤギを助ける為、
 眠りに付いたオオカミの腹を切り、子ヤギ達を救出した後、代わりに石を詰めて縫う」

という、割とグロいラストシーンになっています。
その後、目が覚めたオオカミさんが水を飲みに向かった先で、体内の石のせいで溺れるオチに繋がり、
石を詰められた時点で死んでいないオオカミさんの生命力に驚かされるばかりですが、
そもそも、ヤギさんの立場から考えると、
何故、「腹を切った後で、石を詰めて縫う」という対応になったのでしょうか。

勿論、「子ヤギ達をオオカミさんから摘出する為に腹を切る」は、理解できます。
ただ、その後、報復としてオオカミさんに死を与えたいのであれば、
「石を詰めて溺死を待つ」とかしなくても、「腹部切開後、そのまま放置」で良かった筈です。
わざわざ、面倒な作業を挟む意義は無く、
「ヤギさん的には、オオカミさんの溺死シーンを見たかった」とかサイコパスな背景に収束しそうで、
童話としてどうなんだよって事になってしまいます。
羊たちは沈黙するだけかもしれませんが、ヤギは積極的にサイコさんです。



そこで、可能な限りイカれていない理由付けを行うなら、
「オオカミさんへの報復ついでに、庭で邪魔になっていた石の除去を敢行した」とかでしょうか。
これなら、オオカミさんが適当な場所まで石を運んでくれる事になるので、
「労力の有効活用」という側面が浮かんできます。
これはこれでイカれている気がしないでもないですが、
「溺死シーンを間近に観察したい」とかよりはマシな筈です。
この社会で最善策を選択できる場面なぞ、ほとんど無いのです。
次善策でその場を凌ぐ事こそが、社会で生きるという事なのです。
これがオトナの生き方なのです。これこそが「オオカミと七匹の子ヤギ」で学ぶべき教訓なのです。

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